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みっちー日記3 40代の楽しい生き方

目標は誰よりも楽しく生きること!

万葉集の歌人、大伴家持の孤独 「うらうらに照れる春日に・・・」より。

大伴家持の短歌でこういうのがあります。

うらうらに 照れる春日に ひばりあがり こころ悲しも ひとりしおもへば

 

前半の3句目までは家持が実際に見た風景、あるいは心の中に描いた春の風景ですね。

 

「うらうらに」というのはよくわかりませんが、次の句が「照れる春日」なので「うららかに」と訳してまちがいはないでしょう。

 

つまり、「うららかに照っている春の日に、ひばりが空高く舞い上がっている」風景なのです。実におだやかな春の風景って感じですね!

 

ところが家持は4句で「こころ悲しも」と述べています。

 

こんなにうららかな春の日差しが照らされている中、心の中には悲しみがこみ上げてきているんです。

 

5句目は倒置法、「ひとりしおもへば」ば来ています。

 

ひとりで思っていると何かしらもの悲しさが湧いてくるってことですね。

 

 

なぜ悲しいのか、この短歌を調べてみると、大伴家の時代背景などが出てきておもしろいのですが、あえてそれは説明しないでおきます。

 

 

私がこの歌で注目しているのは「ひとり」なんですよね。

 

家持は「ひとり」で思っているんです。

 

ところで「ひとり」を辞書で引いてみるとこんな意味です。

dictionary.goo.ne.jp

 

1 人数が1であること。一個の人。いちにん。「―に一つずつ配る」「乗客の―」

2 仲間・相手がいなくて、その人だけであること。単独。「―で悩む」「―でいるのが好きだ」

3 他の人の助けを借りず、その人だけですること。独力。自力 (じりき) 。「―ではなに一つ満足にできない」「―で解決する」

4 配偶者のないこと。独身。「いまだに―でいる」

 

まあ、難しいことばでもなく、幼児でも使っていることばです。

 

「ひとり」といえば、漢字で「一人」と書くように、人が一人なんです。つまり上の辞書の項目でいうと、1あるいは2にあたります。

 

だが、単純に「一人」なのかというとそうは言い切れません。

 

「ひとり」というのは「独り」とも書きます。この短歌の「ひとり」は「一人」よりむしろ「独り」という漢字をあてたほうがいいような気がしますよね。

 

もう一度この歌の情景を思い浮かべてみると、家持は「独り」で静かに物思いにふけっている様子が浮かんできます。彼の目の前には春のうららかな風景があり、しかしもの悲しい気持ちになっているのです。

 

「独り」はつまり孤独な様です。家持はまさにこの時、単に一人というよりは孤独を感じていたのでしょう。

 

それがどんなに悲しいことだったか・・・。

 

ひとり暮らしをしたことがある人、あるいは今している人ならば経験があるかもしれません。

 

友達がいたり恋人がいたりして心が満たされているとき、ひとり暮らしの部屋に帰ってきて一人でいても「孤独」を感じません。

 

ところが友達に裏切られたり、恋人にフラレてしまったとき部屋に戻って一人でいるとものすごい「孤独」を感じてしまいます。

 

前者は「一人」が単に一人でいるだけなのですが、後者は「一人」が「独り」つまり孤独な状態というわけです。

 

家持はおだやかな春の日、深い孤独を感じていたんでしょうね。この時の家持の気持ちは計り知れないものがあります。

 

孤独なときの心は何も埋めることはできないことが多いものです。私もたびたび孤独な気持ちに陥ることがありますが、そんなときはどうすればいいんでしょうね・・・。

 

この時の家持のように、ただひとりものを思うしかありません。なすすべもなく孤独を味わうしかないんでしょうね・・・。

 

 

大伴家持の短歌を読むと、いつも悲しくなってしまいます。

 孤独になりたくないなぁ・・・。